猫好き必見のフィルム・ネコ・ノワール「拳銃貸します」(1942)
猫の好きな人に悪い人はいない。と猫好きは思ってる。猫が映画にチラと登場するだけで、うれしくなる。それが猫好き。
“猫が好きなのね”
“ああ 自分の世界を持ち何にも頼らない”
“友だちならいるわ あなたよ”
「拳銃貸します」より
まさかでした。猫好きの私がフィルム・ノワール一発目でこんなネコ・ノワールにブツかるとは。まったく運がいい。俄然興味がわいてきた。もうフィルム・ノワールしか観たくない!
そんなわけで、ヌーヴェル・ヴァーグに続き今度はフィルム・ノワールを中心に映画を観ていこうかと思います。勝手にフィルム・ノワール特集スタートです。
拳銃貸します(1942)
狭いアパートに鳴り響く目覚ましのベル。
起き上がった男(アラン・ラッド)はちらと腕時計を見て時間を確認すると、バックから書類を取り出し仕事内容を確認。ついでに拳銃をしのばせ、コートを着て帽子をかぶり出かける準備を整える。
そこへ窓の外に子猫が現れ「ニャー」と鳴くと、すぐさま駆け寄って部屋に入れてやりミルクを与える。ちょうど入ってきた掃除婦が猫を追い払おうとすると、その女に平手打ちをかまし追い出す。そして猫をナデナデ。
なんでかな。この人悪い人じゃないみたい。だいいちすごくハンサムだし。私の持論ではハンサムにも悪い人はいないんだな。
そして男は仕事に出かける。思いがけない事態にも冷静に対応し、素早く仕事を片付ける__。
このオープニングですよ。もういきなり釘付けです。孤独な一匹狼の殺し屋。友だちは猫。誰も愛さず、静かにストイックに暮らしている感じがひしひしと伝わってくる。ほんとにすばらしい!
ついこの間ジャン=ピエール・メルヴィル の「サムライ」(1967)を観て、あぁなんてクールなんだと感心したばかりでしたが、はやくも元ネタを見つけてしまった。
次に女(ヴェロニカ・レイク)の登場だ。
壁からスッと伸びる白い手。歌いながらマジックを披露する芸人役の、ヴェロニカ・レイク。初めて見たけど、さっぱりした美人で好きなタイプの顔だ。そして、この何とも言えぬ余裕の笑みと、ゆったりとしたエレガントな動き。せっかちな私にはこういう落ち着いた人がすごく素敵に見える。
ひょんなことからふたりは出会う。女の婚約者はよりによって男を追う刑事だ。そして女は巻き込まれる。
しかし男と出会ってからの女がまたいい。
金を盗まれ、銃で脅され、いきなり災難続きだが、わりと平然としている。その後、悪いやつらの陰謀とちょっとした偶然が重なり合い、成り行きでふたりは一緒に逃亡する。
縄でしばられたり、狭い抜け穴を歩かされたり、線路に飛び降りさせられる…。男に出会ってからロクな目に遭わない女。それなのに顔色ひとつ変えない。声を荒げない。静かな男と静かな女。これがたまらなく良い。
いよいよ追い詰められ、翌朝には終わりというときになって、またしても猫が登場する。猫はツキだ、と男は言う。大仕事の前には必ず男の前に現れる。たったひとりの友だちなのだ。
そんな男に女は惹かれる。男の話しに耳を傾け理解しようとする。そのやさしさ。彼を立ち直らせようとするやさしさが、結果的には、冷血に孤独に生きてきた男の判断を狂わせてしまう。
結局男は死ぬけれど、まったくあと味の悪くないラストだ。孤独な心に明かりが灯り、最期に人の温かさに触れる。メルヴィル作品もそうだが、基本的にセリフの少ない映画が好きな私にとって、かなり好きなタイプの映画だった。
それから女のファッションもすごく良い。黒のファー付きの服や、ヘッドドレスなのか帽子なのか、その被りものがとても似合っていた。マジック・ショーの衣装もどれもステキだった。
フィルム・ノワール本によれば、手品シーンは難しく64回もNGを出したんだとか。(レイクの自伝『ヴェロニカ』に書かれているそう)
あと、山田宏一の本には、彼女の出世作「奥さまは魔女」(1942)もすばらしいとあったので、いずれそちらも観たいと思う。それからアラン・ラッドの「シェーン」(1953)も。確かむかし観たような気がするけど…例によって忘れてしまったので。
オープニングだけではなく、後半の橋の上のシーンや、ストーリー展開まで「サムライ」に通じるところがたくさんあった。好きな映画に挙げられることも多い「サムライ」なので、おそらくメルヴィル も心酔したであろう「拳銃貸します」も是非。
それではまた。
作品情報
監督■フランク・タトル
原作■グレアム・グリーン「拳銃売ります」
出演■アラン・ラッド(フィリップ・レイヴン)
ヴェロニカ・レイク(エレン・ブレアム)
ロバート・プレストン(マイケル・クレイン)
レアード・クリーガー(ウィラード・ゲイツ)
タリー・マーシャル(アルヴィン・ブリュースター)
1942年5月13日公開(アメリカ) モノクローム 80分
※参考文献