「過去を逃れて」(1947) “運命の女”との出会いの先に
昨夜はジャック・ターナー監督の「過去を逃れて」を観ましたが、これがとんでもなく良かったのです。
フィルム・ノワールの代表作として名高い作品ですが、レンタルになかったので後回しにしていたのが間違いでした。2018年も残り僅かとなり、今年観た映画ベスト10など考えたりして、実は既に何作か選んでいたのですが、ここへきてこの映画に出会いふりだしに戻ってしまいました。
過去を逃れて(1947)
まずロバート・ミッチャムがたまらなく良いんです。
クールさと情熱を併せ持つあの雰囲気が、この映画の主人公にぴったりなのです。今年は彼の出演作を何作か観て、はじめのうちはそんなに好きなタイプの俳優さんではないと思っていましたが、今では好きな俳優として名を挙げずにはいられないほどすばらしい俳優さんであることを知ってしまいました。全くとんでもない魅力を秘めた人です。
話しはわりとスローペースで始まります。
ロバート・ミッチャム演じるジェフはガソリンスタンドを経営しているのですが、そこへ昔の知り合いジョー(ポール・ヴァレンタイン)が訪ねてきます。ジョーのボスであるウィット(カーク・ダグラス)から呼び出されたジェフは、恋人のアン(ヴァージニア・ヒューストン)に彼らとの過去を話しはじめます。
良い映画は大体オープニングから何かしら引き込まれる要素があり、ワクワクさせられるものですが、この映画に関してははじめのうちは正直さほど感じていませんでした。
ところがです。アンに語り出した過去の回想シーンが始まるや、ものすごい引力で惹きつけられ、結局この映画はラストまでずっと右肩上がりで盛り上がっていきクライマックスを迎えるのです。
ジェフは昔ニューヨークで探偵をしていて、カジノの経営者であるウィットからキャシー(ジェーン・グリア)という女を連れ戻すよう依頼されるのですが、まず彼が探偵だったというのが良いですよね。フィルム・ノワールの探偵モノってのいうのは、やはりいちばんクールでカッコ良い上におもしろいんです。そして相棒フィッシャー(スティーヴ・ブロディ)とふたりで事務所を構えているのも『マルタの鷹』みたいですごくいいですね。
それで、キャシーを探すためジェフはメキシコのアカプルコへ向かい彼女に出会うわけですが、この辺りの語りが村上春樹の小説みたいでめちゃくちゃ良いんですよ。
例えば、
広場の映画館の向かいにカフェがあり、 そこで毎日ビールを飲んだ。
ビールと薄暗さで眠くなると映画館の音楽で目が覚めた。
そこへ輝くような美女が現れた
とこんな風なんです。
なんだか村上春樹的だと思いませんか?
まぁ村上春樹さんは、フィルム・ノワールの原作にもなっているレイモンド・チャンドラーがお好きと公言されているので、似ていて当然といえばそうなんですが、村上さんの初期作品が好きな人にはたまらない世界観ですよね。
この映画は原作者であるジェフリー・ホームズが脚本も手掛けているそうで、あまりに良いので原作も読んでみたくなってちょっと調べてみたのですが、どうも翻訳本は発売されていないようで、とても残念です。
さてそれから物語のほうがどうなったかと言うと、二人はここでお決まりの恋に落ちてしまうのです。何とかウィットから逃げた二人は、サンフランシスコでしばらく密かに暮らすのですが、やがて思わぬ人物が現れてある重大な事件が起こり、キャシーはジェフのもとを去ってゆくのです。
と、ここまでがアンに話す過去の話しで、アンと別れウィットの屋敷へ向かったジェフだったのですが、なんとそこにはキャシーがいるのです。
ウィットからの新たな依頼を持ちかけられたジェフは、それがとんでもない罠だったと気づき先回りして手を打つのですが…。ここからはキャシーのとんでもない悪女っっぷりが暴露されていき、『輝くような美女』だったはずのキャシーが、フィルム・ノワール界きっての悪女となるわけです。
そしてすごいのがラストです。未だかつてここまでクライマックスが良い映画って観たことないかもしれませんが、キャシーと出会った時点で男たちの運命はすでに決まっていたということなのかもしれません。
これぞまさにファム・ファタール。典型的なノワールのプロットですが、終わってみればなぜだか誰も憎む気になれず、センチメンタルな余韻が残る素敵な映画でした。
作品情報
監督■ジャック・ターナー
原作・脚本■ジェフリー・ホームズ「Build My Gallows High」
出演■ロバート・ミッチャム
ジェーン・グリア
カーク・ダグラス
1947年11月13日公開(アメリカ) 97分 モノクローム
それではまた。