映画「モラン神父」(1961) もどかしく切なく苦い究極の禁欲劇

 

今夜は「モラン神父」(1961)を観ました。ジャン=ピエール・メルヴィル監督による長編で、メルヴィルがはじめてジャン=ポール・ベルモンドを主役に起用した作品なのですが、撮影中のベルモンドの態度にメルヴィル監督が激怒したといういわくつきの作品でもあるんです。それで気になってどんなものかなと観てみたのですが、やはりベルモンドは名優だと認めざるをえないほど彼の神父役は素晴らしかったのです。

 

 

モラン神父(1961)

Story

戦時下、イタリア軍に占領されたフランスの街にドイツ軍が進駐し強制収容がはじまる。未亡人のバーニーは、亡き夫がユダヤ人で娘がユダヤの血をひいていたため、教会で洗礼を受けさせ名を変えさせる。無神論者で普段は教会へ行かないバーニーだが、洗礼をきっかけに不意に教会への興味が湧き軽い気持ちで出向いたところバーニーと同じ年頃の若きモラン神父に出会い、次第に改心するとともに異性として神父に惹かれてゆく。

Review

これは何と言うか究極の禁欲劇です。

まず主人公バーニー(エマニュエル・リヴァ)は多くの女性が働く学校で働いていて、中でもいちばん美人の秘書サビーヌ(ニコール・ミレル)に恋にも似た憧れを抱いているのですが、このあたりは戦時下で不安定な気持ちを抱え何かにすがりたいバーニーのさみしい心境を表現しているのではないかと私は受け取りました。

そういった状況下でバーニーはモラン神父(ジャン=ポール・ベルモンド)と出会い、はじめは半信半疑で反発したりしながらも少しずつ心を開いていき、やがて神父のほうでも自分に対し何かしら特別な感情があるのではないかと感じ始めるのです。

しかし聖職者であるモランは決して自らの気持ちを明かすことはありません。彼に触れようとするバーニーを完全に拒絶し懺悔までさせるのです。

モランに触れられぬもどかしさや、他の女性信者たちに対するヤキモチやらでバーニーは非常に苦悩します。

そしてある日突然去るモラン神父。バーニーは最後に何かひとつでいいから気持ちが伝わる“しるし”を求め、すがる思いでモラン神父に会うのですが、最後の最後まで聖職者であり続けたモランは、いつもと変わらない様子でさよならを言いふたりは別れるのです。

これ恋愛映画ではないのでしょうが、どんな恋愛映画を観るよりもどかしく切なく胸が苦しくなりました。夫を亡くしユダヤの血を引く娘を連れたバーニーは、気丈に生きながらも戦争の大きな不安に押しつぶされる寸前だったのだと思います。そこへ頼もしく話し相手になってくれる男性が現れたら、いくら神父であろうと好きになってしまうのは仕方のないことのように思います。ふたりの会話は主にキリスト教に関する話しですので、私にはいまいち理解できない箇所もありましたが、それでも十分にバーニーの思いは伝わってきました。結果としては片思いにも似た苦い純愛という形で幕を下ろした訳ですが、そうすることによってふたりの関係の美しさだけが余韻として深く残ったわけで、切ないながらも悪くないラストだと思いました。

しかし恋愛においてひとりの気持ちが明かされないということが、こんなにもドラマティックだとは思いませんでした。そういう点では目からウロコと言いますか、恋愛映画として観るとちょっと新鮮でした。

それから、正直観る前はベルモンドが神父?と思ってしまったのですが、飄々として自らの気持ちを一切明かさない、やさしくて残酷な神父役がハマって非常に良かったです。あと、この作品にはモラン神父以外に若い男性が全く登場しないのですが、男の世界を描き続けたメルヴィルが描く女の世界がなかなかリアルで興味深かったです。

 

 

作品情報

出演■ジャン=ポール・ベルモンド(モラン神父)

エマニュエル・リヴァ(バーニー)

マリエル・ゴッジ(フランス)

監督・脚本■ジャン=ピエール・メルヴィル

原作■ベアトリクス・ベック

撮影■アンリ・ドカエ

音楽■マーシャル・ソラール

仏伊合同製作 1961年9月22日公開(フランス) 128分 モノクローム

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