映画「海の沈黙」(1947) 沈黙が語るすべてのこと
ジャン=ピエール・メルヴィル監督の長編デビュー作「海の沈黙」(1947)を観た。
とても美しい映画だった。
ひとつは心の美しさ。
敵国でありながら、フランスを敬愛するドイツ人将校。どのような状況下におかれても、揺らぐことないフランスへの愛の純粋さ。
それから、家をドイツ将校の宿舎として開放するよう命じられたフランス人の、沈黙による静かな抵抗。わめき立てるでも怒りの目線を向けるでもなく、ひたすら沈黙するというその手段が、この映画の美しさの軸となる。
もうひとつは生活様式の美しさ。
毎晩同じ時間にコーヒーを飲み、静かに編み物をすることがこんなにも美しものかと、はっとさせられる。朝の台所の光の中で、静かに朝食を摂る姿も良い。
何より、老人と姪が暮らす家がすばらしく美しい。
フランスの作家たちの本で埋め尽くされた書棚。天から舞い降りるよう吊るされた聖女の飾り。小さなオルガン。大きな地球儀。厳選されたものしかないこの家のきっばりとした簡潔さに心を打たれ、同時にこの家に暮らす老人と姪に強く心惹かれた。
将校も同じだろう。
まず家を褒めた。そして姪の横顔を賞賛の眼差しで見つめ、書棚を褒めオルガンを弾いた。
敵対する関係であっても、この家と住む人の、その美しいさまに惹かれ、自らと通じるものを感じたに違いない。もの静かな老人ともの静かな若き娘が、簡潔で洗練された温かな家に暮らしている。それこそが美しいのだ。
そして結末の美しさ。
本に挟まれた、泣きたくなるほど温かなメッセージ。無言のまま思いを伝え、静かに見送ったフランス人と、自らの心と向き合い、ひとつの答えを出して去ったドイツ人。この結末に心が熱くなる。
何も語らなくとも通じ合える。たとえそれが敵対する宿命にあるもの同士だとしてもだ__。
フランス人作家ヴェルコールの同名小説を、光を有効的に使った映像で、もの静かで美しい映画へと作り上げたメルヴィル。これが当時30歳の彼の長編処女作とは…クールすぎて心から震えた。改めてその映画的思考力に敬服した。
原作も読んでみたくなり、さっそく図書館で予約した。ソフト化されているメルヴィル作品で、唯一未見の『恐るべき子供たち』も年内に観たいと思う。
追記
原作本を読み終えた。映画はかなり原作に忠実に撮られていたが、ひとつだけ原作にはない重要なシーンが加えられていた。短い小説ですぐに読み終える事ができた。
海の沈黙(1947)
Story
1941年、ドイツ占領下のフランス。
ある日、老人とその姪が暮らす家にドイツ兵が現れ、家の二階を宿舎として提供するよう命じられる。程なくして脚の悪いドイツ人将校が老人の家へやってくる。将校は礼儀正しく挨拶をするが、老人と姪は一切口を開かず、彼を二階へ案内する。
すると翌日から将校は、老人らが寛ぐ一階の部屋へ現れては、彼らに対し話しをするようになる。その話の多くは、彼がどれほどフランスを敬愛し、憧れを抱いてきたかという話しだった。その話にじっと耳を傾けながらも、ひたすら沈黙する老人と姪。将校は、老人らの返事を待つでもなくひたすら思いのままに語り、時おり姪を見つめ、語り終わると『おやすみなさい』と挨拶して二階へ上がる。
やがて戦争にドイツが勝利し、休暇で憧れのパリへと向かった将校だったが、フランスに対する祖国のあまりに無残な制裁にショックを受ける。祖国とフランス、両国にとって良き未来のための戦争と信じていた将校は、打ちひしがれ、やがてある決意を固める。
最後の夜、老人らに思いの丈を語り終えた将校がさよならを告げたとき、密かに将校を思っていた姪がはじめて口を開くのだった。
作品情報
出演■ハワード・ヴァーノン
ニコラ・ステファーヌ
ジャン=マリー・ロバン
監督■ジャン=ピエール・メルヴィル
撮影■アンリ・ドカエ
※レンタルにない作品ですが動画配信があったので、こちらで鑑賞しました。
それではまた。