映画「天使の入江」(1963)が良すぎて観終わって朝まで眠れなかった

 

ジャック・ドゥミ監督長編第二作目の「天使の入江」は1963年にフランスで公開された作品だが日本では長らく未公開作品だった。初めて公開されたのが2007年3月のフランス映画祭での特別上映で、その後10年の時を経て2017年「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」でようやく正式上映された。

そんな「天使の入江」ですから私も今回初めて観たわけですが、結論から言うとこれがもうたまらなく良かったんです。オープニングから身体が熱くなるほど興奮してしまい、観ている間は終始ニヤついていたんじゃないかと思います。そして観終わってすばらしい映画に出会えた喜びに震えました。その晩私は「天使の入江」について何度も思い返し、ついに朝が来るまで眠れませんでした。そして決めたんです。今日から私のいちばん好きな映画はジャック・ドゥミの「天使の入江」だと。

 

 

天使の入江(1963)

Story

パリの銀行員ジャン(クロード・マン)は同僚キャロン(ポール・ゲール)に誘われ初めて行ったカジノで大当たりする。ギャンブルに目覚めたジャンは、堅実な暮らしを捨て「天使の入江」と呼ばれる海岸線が美しいニースへ向かい、そこで以前パリのカジノで見かけたジャッキー(ジャンヌ・モロー)と出会う。お互いのひらめきと運を持ち寄り大勝ちしたふたりは、豪華な食事を済ませ、再びカジノへ向かうが今度は大敗してしまう。一文無しのジャッキーをホテルへ招きそのまま一夜を過ごしたふたりは、翌日また大勝ち。買って、負けて、また買って…さらなる大勝負のためモンテカルロへ旅立つ二人の運命やいかに。

 

 

Review

まずオープニングです。ドラマティックなミシェル・ルグランのピアノに乗って「天使の入江」に佇むジャンヌ・モロー。すぐさま彼女ひとりを入江に残し高速で去るカメラ!このワンシーンだけでこの映画のすべてが物語られているようで、いきなり先制パンチを喰らいめまいがしました。この映画は間違いなくおもしろいと予感したんです。そしてジャンヌ・モロー。金髪にホクロでギャンブルに溺れるファム・ファタルを演じる彼女は私が知る彼女の中で最も魅力的でいちばん輝いていました。ドゥミの長編第一作「ローラ」の試写を終え、感動のあまり涙をためて会場から出てきたモローに感激したドゥミは、いつか自分の作品に出演して欲しいと約束を交わし実現したのが本作だそうですが、そんな相思相愛の信頼関係のせいでしょうか。数多くのジャンヌ・モローの出演作の中でもこの作品がずば抜けて良いと私は思います。「ジュール&ジム」よりも「死刑台のエレベーター」よりもです。

DVD付属のリーフレットに書かれた解説によると、この作品はギリシャ神話を下敷きにした地獄下りのお話だそうです。同僚“キャロン”はギリシャ神話における地獄の河の渡し守“カロン”であり、死んだ妻ユリディスを取りもどすため地獄へ下りるオルフェのように、愛するジャクリーヌを賭けという地獄から救い出すジャンの物語でもあるそうです。

1962年、妻アニエス・ヴァルダ監督の「5時から7時までのクレオ」の上映でカンヌに同行していたドゥミが、カジノで賭けに興じる人々の地獄めいた様を見て、既に脚本が出来上がっていた「シェルブールの雨傘」を後回しにし夢中で撮ったという本作は、その疾走感とも言うべきテンポのはやさもまた魅力のひとつと言えます。ふたりは大勝ちしては大喜びし、大負けしては死ぬほど落ち込みます。そしてそれを繰り返すことにより抜け出すことのできないギャンブルの中毒性を描き出します。

しかし私は見ていて「地獄下り」という印象はなく、ギャンブルにとり憑かれるふたりの気持ち、よーくわかりました。だって楽しそうですもん。堅実な暮らしを捨て一度は狂ってみたいと誰もが思うものです。ましてやそこで運命の出会いがあったならば尚更です。ルーレットがまわりツキがまわってきた時に流れるルグランのピアノが最っ高にマッチして胸が熱くなりました。

それからジャンを演じるクロード・マンがまた良いんですよね。真面目な青年らしさと大胆なギャンブラーらしさを上手い具合に兼ねそろえていてピッタリの配役と言えます。ジャンがジャッキーを心から愛してしまうことによってこの映画がただのギャンブル映画ではなく、また別の魅力がうまれるのです。

ハッキリ言ってジャッキーはかなりの性悪女で、ギャンブルにしか生きられない“ジャンキー”なんですが、なかなか憎めないところもあって、天真爛漫で素直な部分があるんです。例えばギャンブルは金目的ではなく「賭けの魅力は贅沢と貧困の両方を味わえること」と純粋にゲームに狂っているところも見ていて清々しいですし、負けてボロボロの自身を「醜いわ」と泣いたりもするんです。ジャッキーはカジノに教会のような厳粛さを感じ、宗教的に崇拝しているのです。

ただ、ジャンへの気持ちに関して言えば非常に曖昧です。最初はただ幸運をもたらすだけの良きパートナーであり、男女としては行きずりの関係くらいにしか思っていなかったジャッキーの心は変化するのでしょうか。ラストシーンはドラマティックでハッピーエンドと言うべきステキなエンディングですが、ただ実際このあとどうなっていくかを思うとどうしても不安は残ります。ドゥミ監督の主題とも言われる「運命」によって出会ってしまったふたりの行く末やいかに。

思えばドゥミ作品の中でめずらしくミュージカル要素がない作品でもありますね。とにかく誰が見ても楽しめる作品でありドゥミ監督のエンタメ性の高さには頭が下がりました。ジャック・ドゥミ恐るべし!

 

 

作品情報

出演■ジャンヌ・モロー(ジャッキー)

クロード・マン(ジャン)

キャロン(ポール・ゲール)

監督■ジャック・ドゥミ(長編第二作)

撮影■ジャン・ラビエ

音楽■ミシェル・ルグラン

1963年3月1日公開(フランス) 85分 モノクローム

 

 

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