フィルム・ノワールとしての「カサブランカ」(1942)
パリで何も言わずに去った恋人と、運命の地カサブランカで再会してしまう_。
あまりにも有名なこの名作映画「カサブランカ」(1942/米)がフィルム・ノワールでもあるってご存知でしたか?
それを知って今回初めて観たのですが、噂通りすばらしく良かったです。
ではフィルム・ノワールとしてのカサブランカはどうでしょう。
今回はノワール目線で「カサブランカ」について書いてみたいと思います。
カサブランカ(1942/米)
舞台はドイツ管理下のフランス領であるモロッコの都市カサブランカ。
ヨーロッパの戦火を逃れ、アメリカへの亡命のための中継地点とてこの地へ訪れた人々でごった返す中、オープニングから殺人、闇賭博のあるカフェ、ビザを巡る巨額の取引と非常にノワール的です。
例によって人生にくたびれたクールなタフガイのボギーはカフェのオーナーで、そこへ『マルタの鷹』(1941)でお馴染みのピーター・ローレ(ウガーテ役)とシドニー・グリーンストリート(フェラーリ役)といったノワール俳優たちが立て続けに登場となれば、ノワールファンとしてはもう釘付けです。
ちょっと前にもジーン・ネグレスコ監督の『仮面の男』(1944)というフィルム・ノワールを観て、これにもピーター・ローレとシドニー・グリーンストリートが揃って登場していましたが、この映画にシドニーさんがコーヒーを淹れるシーンがありまして、今回カサブランカを観てようやく納得しました。
話が逸れましたが、そのボギー演じるリックのカフェ『Rick’s Cafe American』がまたノワール的で良い雰囲気です。
賑わう店内では、あちこちで怪しげな取引や商談が飛び交い、お抱えのジャズバンドはとびきりヒップな演奏中。闇カジノの方もなかなかインチキくさくて良いですね。ボギーが金庫から金を出すシーンでは、映像的にもまさにノワールなシルエットショットがあり、この辺りまでは完全にフィルム・ノワールです。
ところが、イルザ役のイングリッド・バーグマンの登場によりガラリと雰囲気が変わるんです。
フランス時代のリックとイルザを知るピアニストのサム(ドーリー・ウィルソン)に、イルザが『あの曲を聴かせて』と“As Time Goes By”をリクエストしたところまでは良かったとしても、リックとイルザが顔を合わせてからというもの、もう完全に別の映画です。
もちろんここからがこの映画の中心となるセンチメンタルなラブストーリーなのですが、何だか急にメロドラマ化してしまい、ノワール的にはトーンダウンしてしまった感があるんですね。
クールなはずのリックのキャラクターはひとりの女の登場により大荒れです。
“運命の女”として登場するバーグマンも、あのいかにも人の良さそうな上品すぎる雰囲気が、フィルム・ノワールにおいては少々邪魔になるのです。
さらには後半のリックときたらもう、人が変わったように人間味丸出しのお人好しになってしまい、若いカップルの世話は焼くわ、あんなにも愛したイルザはさらっと手放すわで、ノワール的要素はついにゼロ。おまけにラストでは邪魔者が消え、友情が深まりきれーいに丸く収まっちゃうんですから。ノワールファンとしてはやり切れません。
そんな訳で、ノワール的に観た「カサブランカ」は、少々もの足りない仕上がりではありましたが、何だかんだ言って、ラストでうるうる涙ぐみながら画面に向かって頷きまくっていたのはこの私です。
ちなみにある旅行サイトで見た口コミによりますと、なんとカサブランカにリックの店そっくりのカフェが実在するそうで、店内にはジャズが流れ、バーグマンのポスターなんかも貼られているそうです。まったくなかなか粋なことをする人がいるものですよね。いつかモロッコへ行く機会があれば(あるでしょうか?)是非行ってみたいです。
そしてもちろん“君の瞳にカンパイ”で乾杯ですネ。
それではまた。
作品情報
監督■マイケル・カーティス
出演■ハンフリー・ボガート
イングリッド・バーグマン
1942年11月26日公開(アメリカ) 102分 モノクローム