「賭博師ボブ」(1956)を観てモンマルトルを思い返した

 

「賭博師ボブ」(1956フランス)はモンマルトルを舞台にしたジャン=ピエール・メルヴィル監督初のフィルム・ノワールだ。

私は今までの人生で二度海外旅行へ出かけたが二度とも行き先はパリだった。モンマルトルへは一度だけ行き、この映画のオープニングと同じくサクレ・クールからパリを見渡した。

 

 

賭博師ボブ(1956)

メトロのアンヴェール駅で降りて大通りを渡りステンケルク通りへ。坂道は人で溢れ返り、強引な客引がうるさい。両脇にずらりと並んだ店は布屋と土産物屋ばかりで、京都の清水寺へ向かう坂道を思い出させた。有名画家たちが集ったというテルトル広場は案外狭く、今では観光客向けに似顔絵を描く安っぽい絵描きでいっぱいだった。あまりの観光地化に少しガッカリしたけれど、サクレ・クールの脇道から例のモンマルトルらしい階段を下り、住宅街の狭い裏通りへ入るとそれなりに雰囲気があって心躍った。風車のついたレストラン「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット」へ入って食事もした。ダンスホールに椅子とテーブルを置いたような不思議な店だった。その日のランチメニューは魚料理のみで、私はホールを取り囲む一段高い観客席のようなところに案内されポワレを注文したが、日本の焼き魚に比べ大きくて少し生臭かった_。

私の記憶の中のモンマルトルはこんな風だが、「賭博師ボブ」に登場するのは、モンマルトルでもピガール広場やピガール地区周辺で、パリ随一の猥雑な歓楽街だ。私は残念ながら治安の悪さを懸念してその辺りへ行かなかったのだが、この映画に映し出された夜明けの艶やかなピガールを観て、行かなかったことをちょっぴり後悔した。

そこには街の番長みたいな存在のヤクザ者ボブがいて、店も人も何かしら彼に助けられた過去がある。ボブはギャンブル映画にありがちな伝説の賭け師ではない。ただ賭けが好きで勝ったり負けたりしながら、20年も堅気の暮らしを続けてきた。彼にとっては人生そのものが全て賭けなのだ。そんなボブがひょんなことから大金の在り処を知り、仲間と共に人生最大の大仕事を企てる。

街や人に愛され真夜中から朝まで“仕事”して昼眠る。逆転してはいるものの、規則的でヤクザ物らしからぬ人情味と生活感を感じさせるボブのキャラクターが魅力なのだが、この映画にはもうひとり、非常に魅力的なキャラクターが登場する。若くてきれいで誰とでも寝る女の子、アンヌだ。

彼女には欲がない。ただ毎日を楽しくやり過ごしたいだけなのだ。ピガールでボブに拾われ、お花の売り子からホステスになり誰とでも寝る女の子になっても全く悲壮感がない。人生を傍観しているようなクールな女の子。彼女をみていると、ボブのようなステキな番長のいる街でそんな人生を送るのも悪くないように思えてくる。

さて、物語の方は彼女も絡んだ末、警察に感づかれながらも何とか計画通り半ば強引に進んでゆくのだが…。いやあ。未だかつてこんなシニカルで洒落たラストを観たことがない。また大好きな作品が増えてしまった。今夜も眠れないナ。

そうそう。モンマルトルと言えば石井好子さんの「女ひとりの巴里ぐらし」という本でも、モンマルトルでの暮らしが実に生き生きと描かれていた。パリに行く飛行機の中で読もうと出国前に買ったのだけれど、飛行機では寝ちゃって読めず。帰国してずいぶん経ってから読んだっけ。そんな思い出の一冊を久しぶりに読みながら眠るとしよう。

それではまた。おやすみなさい。

 

 

作品情報

出演■ロジェ・デュシェーヌ(ボブ)

イザベル・コーレイ(アンヌ)

ダニエル・コーシー(パウロ)

ギー・ドゴンブル(ルドリュ)

アンドレ・ギャレット(ロジェ)

監督・脚本■ジャン=ピエール・メルヴィル

脚色■オーギュスト・ル・ブルトン

撮影■アンリ・ドカエ

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